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第263話 

たとえそれがほんの少しの妄想に過ぎなくても、彼の心に芽生えた思いだった。

彼自身もなぜこんな気持ちになってしまったのか、分からなかった。

男の本能的な執着なのか、それとも心の奥底にある微かな変化なのか。

もしかしたら、自分がただ愚かで未練がましいだけなのかもしれない。

若子が自分を引き止めて、自分に駄々をこねていたときは、彼女がただ理不尽に思えていた。

だが今、彼女が手を離してしまったとき、彼の心には虚しさが広がっていた。

これがまさに「愚か」というものではないだろうか?

「どうしたの?」男がぼんやりしているのを見て、松本若子は尋ねた。「何か問題でも?」

藤沢修は首を振り、「いや、何でもない。シャワーを浴びてくる」と言った。

彼は携帯を手に取り、若子の目の前でそのまま電源を切った。

松本若子は彼のこの行動が理解できなかった。彼らはもう離婚しているのだから、桜井雅子からの電話に応えて今すぐ彼女のもとへ向かうことも、何も問題ではないはずだ。

まあいいわ。この世には理屈の通らないことも多いし、何事にも理屈があるわけではない。

藤沢修はベッドの端を押さえながら立ち上がった。

「大丈夫?手を貸そうか?」若子は近づいて尋ねた。

「頼む」藤沢修は遠慮なく手を差し出した。

松本若子は微笑みながら彼の腕を取り、彼を浴室へと連れて行った。

......

30分後。

松本若子はシャワーを終えた藤沢修を再び支えながら部屋に戻った。

彼はすでにパジャマを着ていて、うつ伏せでベッドに横たわるしかなかった。

彼女が彼に毛布をかけ終わると、藤沢修は子供のように枕に両手を置き、顎を乗せて、じっと彼女を見つめていた。

「何を見てるの?」松本若子は彼のために布団を直しながら尋ねた。

「なんだか、これでいいんだって思った」彼はふと言った。

「え?」松本若子は不思議そうに彼を見た。「何がいいの?」

「俺は兄で、君は妹。それがちょうどいいよ。前よりずっと気楽になっただろう?」

以前は夫婦という関係があって、いつもお互いに責任を感じていた。

だが今、その関係がなくなり、すべてがシンプルになった。ただ感じるままに行動できるようになり、過去のことにとらわれる必要もなくなった。

「うん……」松本若子は一瞬言葉に詰まり、何を言えばいいか分からなかった。

彼を「兄」
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